オリンピアードについて思うところはたくさんある。
今回はその話。しかもちょっと長い。
今だから白状するけど、本当はオリンに参加するのがしんどくてしょうがなかったんだよね…
試合中は至って冷静なんだけど、試合に登録してから呼び出されるまでの間は文字通り吐き気を催すほどの極限の緊張で、終わった後も手の震えが止まらなかった。
オリンには足かけ3年くらいは参加してたんだろうけど、結局休止する直前までそんな感じ。
不思議とGvGではそういう事はなかったし、一般の狩り血盟の人間としては対人慣れしていたとは思うけど、とにかくPvP自体に対する苦手意識は最後まであった。
当初こそオリンでトークン集めないと秘伝書や24枠本を調達できないといったシステム的な理由から参加してたと思う。
ただ、結局最後までオリンに参加し続けていたのは、むしろ苦しくてしょうがなかったからなんじゃないかな。
試合の勝ち負けじゃなく緊張や圧迫感から逃げ出したくなかった。
こんなことで緊張している自分が悔しかった。
喰らいつきたかった。打ち勝ちたかった。
あの状況下でも冷静さを失うことなく瞬間的な判断力を維持する、その精神力を鍛えたかった。
その後、少なくとも僕にとっては会社の要職の人間と顔を突き合わせた時だろうが、元上司を追及した時だろうが、その程度の緊張はオリン参加時に比べたらかわいいものでしかなかった。
多分今後の人生においても、オリンよりマシと思えば大抵の事は緊張せずに迎えられるんじゃないかな。
それほどオリンはきつかった。
試合絡みの話もしよう。
ご存知のようにぬるぽは終盤でデスローブに着替えるまではタラムだったし、ぜらもボスアクセは結局一つもないままだった。
オリン参加者の装備としては最下層だったので基本的には押し切られる展開が多かったものの、少なからず職特性で勝ちを拾っているという意識はあった。
なので傍目には装備差を跳ね除けて勝利してるように見えても、心底喜べた勝利は実はそこまで多くはなかったりする。
オリンでのETに関しては片手剣onlyだったこともあり、職性能を十分に出せたという実感はないんだけど、テイカーは心理戦・スキル選択など、あの環境でやれることは一通りやりきった感はある。
心理戦といえば試合開始時の間合いの取り方なんだけど、多分積極的に距離を詰めてくる魔法職は僕くらいしかいなかっただろうから相手はだいぶやりづらかったんじゃないかな。
通常WIZは最大射程で魔法を使う形になるので、言い方は悪いけどシャーマン型mobくらいに思えばスペックで上回っていれば冷静に対処できるだろうと思う。
もちろんこっちからしてみればウォリ・メイジベインを入れに行くという理由もあるにはあるけど、それ以上に相手の調子を崩してこちらのペースに持ち込むという意図があった。
あと僕があくまでオリン参加時の召喚としてカズオにこだわったのには3つ訳があって、一つには狩り用に最優先でSEされていたため、骨やゾンビを出す理由が薄かったという事。
完全にTPのタンクとして運用するのであれば骨の方がもしかしたらHPは大きかったかもしれないけど、他にも理由があったので結局骨を出すことはなかったな。
二つ目の理由はカズオの固有スキルにはドワのハンマークラッシュくらいの成功率のスタンがあり、この存在が無視できないという事。
もちろんこのスタンが決まれば試合運びはだいぶ有利になるのは間違いないけど、相手がスタンの対策をすればするほど麻痺が入りやすくなるという一面があるので、このスタンは僕の試合の組み立ての軸になっていた。
もう一つ、一番の理由は心理的なプレッシャーとしてカズオの方がより強く働くという事。
もちろん狩りとオリンでは前提条件が本当は違うのだけど、狩りでダメージディーラーとして印象付けているのは間違いなくカズオの方で、しかもモーションの都合上1発攻撃がヒットするごとにSSが6発くらい弾けるので大ダメージを受けていると錯覚させる効果もあった。
それに加えあのサイズだしね…w
完全に課金額次第になってしまっている状況ならともかく、まだプレイヤースキルで覆せる部分が残ってた当時のオリンに本気で取り組んでよかったと思う。
途中まではblogに載せていたけど1試合1試合自分の動きを記録して改善できる箇所を探していた。
そういった積み重ねの中で本気で取り組んでいたからこそ極度の緊張を感じていたわけで、苦しいと感じるようなものでなければ得られるものもなかっただろう。
まぁこれだけ語れるんだから、なんだかんだでオリンは好きだったんだろうね。
・おまけ
2010.3.31のSSなので2nd Throne Plusか。
LVキャップは85になってから2年経過してる模様。
もちろんこの時は特に引きも良かったんだろうけど、lv79に+3SoMとタラムローブでよくここまで食い込んでいたと思う。
いつも登録場所はドワ村で、プリリあたりとよく鉢合わせていた気がする。
今回はその話。しかもちょっと長い。
今だから白状するけど、本当はオリンに参加するのがしんどくてしょうがなかったんだよね…
試合中は至って冷静なんだけど、試合に登録してから呼び出されるまでの間は文字通り吐き気を催すほどの極限の緊張で、終わった後も手の震えが止まらなかった。
オリンには足かけ3年くらいは参加してたんだろうけど、結局休止する直前までそんな感じ。
不思議とGvGではそういう事はなかったし、一般の狩り血盟の人間としては対人慣れしていたとは思うけど、とにかくPvP自体に対する苦手意識は最後まであった。
当初こそオリンでトークン集めないと秘伝書や24枠本を調達できないといったシステム的な理由から参加してたと思う。
ただ、結局最後までオリンに参加し続けていたのは、むしろ苦しくてしょうがなかったからなんじゃないかな。
試合の勝ち負けじゃなく緊張や圧迫感から逃げ出したくなかった。
こんなことで緊張している自分が悔しかった。
喰らいつきたかった。打ち勝ちたかった。
あの状況下でも冷静さを失うことなく瞬間的な判断力を維持する、その精神力を鍛えたかった。
その後、少なくとも僕にとっては会社の要職の人間と顔を突き合わせた時だろうが、元上司を追及した時だろうが、その程度の緊張はオリン参加時に比べたらかわいいものでしかなかった。
多分今後の人生においても、オリンよりマシと思えば大抵の事は緊張せずに迎えられるんじゃないかな。
それほどオリンはきつかった。
試合絡みの話もしよう。
ご存知のようにぬるぽは終盤でデスローブに着替えるまではタラムだったし、ぜらもボスアクセは結局一つもないままだった。
オリン参加者の装備としては最下層だったので基本的には押し切られる展開が多かったものの、少なからず職特性で勝ちを拾っているという意識はあった。
なので傍目には装備差を跳ね除けて勝利してるように見えても、心底喜べた勝利は実はそこまで多くはなかったりする。
オリンでのETに関しては片手剣onlyだったこともあり、職性能を十分に出せたという実感はないんだけど、テイカーは心理戦・スキル選択など、あの環境でやれることは一通りやりきった感はある。
心理戦といえば試合開始時の間合いの取り方なんだけど、多分積極的に距離を詰めてくる魔法職は僕くらいしかいなかっただろうから相手はだいぶやりづらかったんじゃないかな。
通常WIZは最大射程で魔法を使う形になるので、言い方は悪いけどシャーマン型mobくらいに思えばスペックで上回っていれば冷静に対処できるだろうと思う。
もちろんこっちからしてみればウォリ・メイジベインを入れに行くという理由もあるにはあるけど、それ以上に相手の調子を崩してこちらのペースに持ち込むという意図があった。
あと僕があくまでオリン参加時の召喚としてカズオにこだわったのには3つ訳があって、一つには狩り用に最優先でSEされていたため、骨やゾンビを出す理由が薄かったという事。
完全にTPのタンクとして運用するのであれば骨の方がもしかしたらHPは大きかったかもしれないけど、他にも理由があったので結局骨を出すことはなかったな。
二つ目の理由はカズオの固有スキルにはドワのハンマークラッシュくらいの成功率のスタンがあり、この存在が無視できないという事。
もちろんこのスタンが決まれば試合運びはだいぶ有利になるのは間違いないけど、相手がスタンの対策をすればするほど麻痺が入りやすくなるという一面があるので、このスタンは僕の試合の組み立ての軸になっていた。
もう一つ、一番の理由は心理的なプレッシャーとしてカズオの方がより強く働くという事。
もちろん狩りとオリンでは前提条件が本当は違うのだけど、狩りでダメージディーラーとして印象付けているのは間違いなくカズオの方で、しかもモーションの都合上1発攻撃がヒットするごとにSSが6発くらい弾けるので大ダメージを受けていると錯覚させる効果もあった。
それに加えあのサイズだしね…w
完全に課金額次第になってしまっている状況ならともかく、まだプレイヤースキルで覆せる部分が残ってた当時のオリンに本気で取り組んでよかったと思う。
途中まではblogに載せていたけど1試合1試合自分の動きを記録して改善できる箇所を探していた。
そういった積み重ねの中で本気で取り組んでいたからこそ極度の緊張を感じていたわけで、苦しいと感じるようなものでなければ得られるものもなかっただろう。
まぁこれだけ語れるんだから、なんだかんだでオリンは好きだったんだろうね。
・おまけ
2010.3.31のSSなので2nd Throne Plusか。
LVキャップは85になってから2年経過してる模様。
もちろんこの時は特に引きも良かったんだろうけど、lv79に+3SoMとタラムローブでよくここまで食い込んでいたと思う。
いつも登録場所はドワ村で、プリリあたりとよく鉢合わせていた気がする。
コメント
コメントを投稿